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青春スクロール(6)

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教育【青春スクロール】

県立茅ケ崎北陵(6)

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写真:幼い頃から空想が好きだった加藤拡大幼い頃から空想が好きだった加藤

■しっかり者の親友・暖かい日だまり

 絵本作家のおおいじゅんこ(50、1987年卒)=本名・大井淳子=は、幼い頃から絵や造形が好きで、茅ケ崎北陵高校入学時から東京芸術大学への進学を目指した。

 高校では美術部で活動した。芸大の入試ではデッサンなどの実技が重視されるため、鎌倉市内の美術系大学受験の専門予備校に通った。3年生になると予備校で学ぶ時間が増え、担任に伝えて単位取得に支障のない範囲で休んだり早退したりした。

 欠席した授業はもちろん、校内の出来事などが気になった。その不安を解消してくれたのが3年間同じクラスの親友だった。ノートを見せてもらったり、クラスの様子を聞いたり。

 「教室に入ると、彼女に会えるという安心感があったから、あんなにのんきに休めたのかもしれません。しっかり者の親友とずっと同じクラスだったのは幸運でした」

 東京芸大大学院を修了後、文房具メーカーのデザイナーに。結婚、出産を経て退社し、絵本を描き始めた。「ちびころおにぎり」「チャーシューママ」など、食べ物を擬人化した作品が多い。

 5年前、自転車に乗っていて車にはねられ、頭を強く打って、くも膜下出血が起きた。後遺症で今も臭いがほとんど分からない。外に出るのが怖くなり、活動再開までに2年以上かかった。昨年、4年ぶりに「プチトマトのぷーちゃん どーこかな?」を出版した。子どもの視線でイメージをいっぱいに膨らませるようにしている。

 「ふと、これが最後の作品になるかもしれないと思うことがある。1作1作を大事に描いていきたい」

 同じく絵本作家の加藤晶子(あきこ)(40、97年卒)は「暖かい日だまりの中にいるような時間だった」と高校時代を表現する。

 緩やかな丘に位置する高校の周囲は当時、畑や牧場だった。辺りを眺めながらゆっくりこぐ自転車の脇を、次々と生徒たちが追い抜いていく。冬の朝、美しい富士山を眺めていたら、遅刻したこともあった。

 小学生の頃から、お話をつくったり、絵を描いたりするのが好きだった。小さくなって植物に乗って空を飛び、街中に種を巻くような話だった。勉強やバドミントンの部活で忙しかった高校時代も、「どうしたら絵本作家になれるのか」と思い続けた。親しい友人に夢を話すと、「晶らしいね」と応援してくれた。

 「高校時代は、ゆっくりと絵本への思いを蓄積することができた」と振り返る。

 創作のためには絵だけでは足りないとの思いから、東洋英和女学院大学に進学し、死生学などを学んだ。4年生の途中から、イラストレーションの専門学校にも通い、絵本づくりへの道を踏み出した。卒業後は企業で働きながら絵本を描き、週末は出版社の編集者らが批評してくれる絵本のワークショップに参加した。2013年、「てがみぼうやのゆくところ」で講談社絵本新人賞を受賞してデビューした。

 作中で、投函(とうかん)された「てがみぼうや」は真っ暗なポストの中で、「はがきさん」に声をかけられ励まされる。母親になった今も「干した洗濯物たちが話し始めるかもしれない」と、しばらく眺める時があるという。

(遠藤雄二)

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