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2019年4月15日アーカイブ

教育【青春スクロール】

県立茅ケ崎北陵(3)

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写真:フリーで仕事を続ける徳田拡大フリーで仕事を続ける徳田

写真:マルチ集団で活躍した三澤拡大マルチ集団で活躍した三澤

■演奏に熱中「アメ民」とマルチ「日民会」

 NHKのど自慢の司会などを担当したアナウンサー徳田章(67、1970年卒)はNHKを退職し、現在はフリーでラジオやテレビ番組に出演している。茅ケ崎北陵高校の入学は開校4年目。まだ体育館はなく、入学式は校舎の屋上に椅子を並べて行われた。

 泊まりがけの新入生研修の夜、同級生が「ベンチャーズのレコードなら兄貴がたくさん持っている」と話しかけてきた。65年の来日をきっかけに、徳田もベンチャーズに夢中だった。

 早速、自宅を訪ねると、「これも聴いてみない」と同級生はアメリカのカントリー音楽のレコードをかけた。スコットランドやアイルランドからの移民の伝承音楽をルーツとする「ブルーグラス」だった。

 「エレキギターじゃなくても、こんなわくわくする音楽があるんだ」。そう感じた瞬間から、ブルーグラスとの付き合いが始まった。

 バンジョーを弾いていた友人に「バンドをやろうよ」と誘われ、仲間数人が集まった。学校に練習場所を確保するため、クラブ活動の申請をすることに。「アメリカの音楽、英語の歌詞だから」と英語の先生に協力を求め、許可が下りたのは2年生の春。コーラス部所属の「アメリカ民謡研究班」としてのスタートだった。

 通称「アメ民」は、音楽室の奥の3畳ほどの練習室を使えることになった。5人ほどがひしめき合って、ギターやバンジョーを弾き、歌った。

 発表の場は文化祭や卒業生を送る会。司会や曲の説明をする役割が回ってきた。ベース担当で、音合わせが必要なほかの楽器より曲の間は余裕があったからだ。人前でも落ち着いて話し、伝えることができた。

 ジャーナリストにあこがれ、大学ではマスコミ論を専攻した。アナウンサー志望の仲間の影響で、NHKのアナウンサー職を受験して合格した。

 「高校時代は意識していなかったが、振り返ると『アメ民』の司会が、アナウンサーになる原点だったかもしれません」

 「アメ民」が結成されて間もなく、校内に日本民謡研究会、通称「日民会」も誕生した。

 その中心が、徳田の1学年下で中学の社会科教師になった前寒川町教育長の三澤芳彦(66、71年卒)だ。1年生から友人とロックバンドを結成し、特に日本民謡に傾倒していたわけではなかった。会の名称は「アメ民」をもじった半ば冗談。音楽だけでなくマルチに文化活動をする集団だった。

 「ロックやフォークは体制に保障されてはいけない、という思いがあった。組織の中に埋没するのが嫌で、自由に楽しく学園生活を送りたいと思った」

 「アメ民」が正規のクラブ活動だったのに対し、「日民会」は15人ほどの任意のグループ。寸劇やコントをしたり、男子がいなかったコーラス部の舞台に助っ人で出演したり、野球部が初めて夏の高校野球県大会に出場すると聞き、有志で応援団を立ち上げたりもした。

 後に校長や教育長という「体制側」になったが、その立場からではなく是々非々で判断してきたと自負する。

 「高校時代から常識にとらわれることなく、何事も自分で考え、行動するということを大事にしてきたつもりです」

(遠藤雄二)

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